第58回のブログから3回にわたって、糖質制限によるケトン体が、いかに、がん、認知症、うつ病、てんかん治療に効果的なのかを取り上げていきたいと思います。
今回はがん治療について取り上げます。
私たちのエネルギー産生
私たちは、食事から得た栄養素を下図に示す通り、エネルギーに変えます。
(図は宗田先生の著書「ケトン体」こそ人類史上、最強の薬である 病気にならない体へ変わる正しい糖質制限からお借りしました。)
炭水化物はブドウ糖、脂質は脂肪酸、タンパク質はアミノ酸に分解されて肝臓に入り、アセチルCoAになって、ミトコンドリア内でTCA回路に入ります。
TCA回路は、クエン酸回路、クレブス回路とも呼ばれますが、これはエネルギーを効率よく作り出す回路であり、ここでエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)が産生されます。
正常細胞の細胞質内では、ブドウ糖をピルビン酸に変える解糖系が存在しますが、この反応は酸素の有無に関わらず起こります。
そして、生成されたピルビン酸は、酸素の下で、ミトコンドリアに取り込まれて代謝されます。これを酸化的リン酸化と呼び、正常細胞の場合は、ブドウ糖1分子あたり、36分子のATPを生み出します。
しかし、酸素がない状態では、ピルビン酸はミトコンドリア内に取り込まれず、細胞質内でブドウ糖を分解し、乳酸を細胞の周辺に放出します。これは嫌気的解糖と呼ばれ、ブドウ糖1分子あたりのATP生成量は、わずか2分子にすぎません。
がんのエネルギー源はブドウ糖
がんの主なエネルギー源はブドウ糖であり、正常細胞の3〜8倍のブドウ糖を取り入れなければ生命活動を維持することができないと言われております。
しかし、がん細胞は、酸素の有無に関わらず、エネルギー効率の悪い解糖系にてエネルギーを得ており、これによって乳酸を産生し、がんの発症起源を作るのです。
この嫌気的な糖利用を亢進するがん細胞の代謝経路の発見は、ワールブルク先生によってなされ、ワールブルグ効果として、1931年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
がん細胞の嫌気的解糖の亢進
がん細胞のこの嫌気的解糖の亢進は、がん遺伝子の発現とがん抑制遺伝子の変異により起こると言われており、非効率なATP産生を補うため、がん細胞の細胞膜では、細胞内へのブドウ糖の取り込みを担当するブドウ糖輸送体が異様に増加しております。
では、なぜ、がん細胞は、こんなにまでして非効率的な嫌気的解糖でエネルギーを得ているのでしょうか?
実は遺伝子によってプログラム化された細胞死、アポトーシスと言いますが、これを回避するために、がん細胞自ら、酸化的リン酸化を低下させていると言われております。
PET検査
PET検査については、一度は聞いたことがあるでしょう。実際、人間ドックで、既に行った方もおられるかも知れません。
簡単に説明しておきましょう。
PET検査とは陽電子放射断層撮影(Positron Emission Tomography)のことを言います。
微量の放射性物質を含むブドウ糖を体内に注射し、この薬剤ががん細胞に集まるところを画像化したものです。まさに、がん細胞がブドウ糖を栄養源にしていることを利用した画像診断です。
目的は2つあって
- 初期がんの発見
- 光具合でがんの活動性や悪性度を把握するためです。
病巣が薄黄色の場合は悪性度は低く、真っ赤に光る場合は悪性度が高いと言われております。
糖尿病患者さんはがんに罹りやすい
日本の国立がんセンターの発表によれば、II型糖尿病患者さんは、以下の通り、がんに罹患するリスクが上がります。
糖尿病のない人に比べ
男性 肝臓癌 2.24倍 腎臓癌 1.92倍 膵臓癌 1.85倍 結腸癌 1.36倍
女性 卵巣癌 2.42倍 肝臓癌 1.9倍 胃癌 1.61倍
糖質制限によるがんの治療
今までのことを踏まえると、がんの主なエネルギー源はブドウ糖だから、ブドウ糖の元となる糖質を摂らなければ良いのではないかという発想が出てくると思います。まさに、がん細胞に対する兵糧攻めです。でも、一方で、正常細胞がブドウ糖不足でエネルギー不足になることを心配された方もおられると思います。でも、安心してください。以前のブログでもご紹介しましたが、糖質摂取を制限すると、私たちの正常細胞は、エネルギー源をブドウ糖からケトン体にスイッチできるのです。(宗田先生の著書 最強の油・MCTオイルで病気知らずの体になる!からお借りしてます)
ケトン体の抗がん作用
ケトン体は単に正常細胞のエネルギー源というだけではなく、がん誘発物質の活性低下、炎症性サイトカインの発現抑制、がん細胞の増殖抑制作用があり、抗がん作用を発揮します。
また、ケトン体はサーチュイン3といった長寿遺伝子を覚醒させ、ミトコンドリアの働きを活性化し、がんをアポトーシスに導き、DNAの修復を行います。
糖質制限によるケトン食は化学療法の効果を高め、総ケトン体指数(アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸の和)が1000μmol/Lを越えると、がんが縮小・消滅、腫瘍マーカーの低下をもたらすと言われております。
免疫栄養ケトン食
古川健司先生が、ご自身の著書「ケトン食ががんを消す」の中で、化学療法の支持的療法としての免疫栄養ケトン食の効果について述べられております。
免疫栄養ケトン食とは、低糖質食、高タンパク食に、MCTオイル、EPAを合わせ末期癌患者(ステージ4)さんの化学療法の効果を高める栄養食のことです。
それぞれの目的と効果をみてゆきましょう。
低糖質食
低糖質食はがんのエネルギー源であるブドウ糖を断つことが目的です。
また、エネルギー源をブドウ糖からケトン体にスイッチし、体内にケトン体を多く生み出します。
高タンパク食
高タンパク食は、免疫を活性化するためのアルブミン値の上昇に必要であり、それにより抗がん剤の効果も高まります。
MCTオイル
MCTオイルは、中鎖脂肪酸であるカプリル酸とカプリン酸から構成され、それらは即座にケトン体に変換され、抗がん作用を発揮します。
EPA
EPAは、がんの促進因子や炎症促進性分子を抑制し筋肉のタンパクの崩壊を抑える働きがあります。
がん細胞が増殖するために、自ら血管を増やす血管新生を抑える働きがあり、転移を起こしにくくしたり、がん細胞のアポトーシス(自然死)を誘導します。
要するに、がん細胞の炎症反応を抑制し、悪液質を改善し、がんの進行をブロックする働きがあるのです。
がん細胞では脂肪酸合成が盛んで、がん細胞の主な構成要素になっており、その成長にも不可欠です。がん細胞は脂肪酸合成酵素の産生量が多いため、自分で合成した飽和脂肪酸から隙間のない細胞膜を作り、固いがん細胞を形成しています。
大量に体内にEPAを取り込むことによって、EPAはがん細胞の周辺に集まり、その結果、がん細胞は自ら合成した飽和脂肪酸以外にEPAも細胞膜の材料として取り込むことになり、細胞膜に隙間ができてしまうのです。
このようにして、がん細胞の強固なバリケードを緩めて、抗がん剤や免疫細胞の侵入をスムーズにさせ、治療効果を上げるのが、EPAなのです。
古川先生の免疫栄養ケトン食でのEPA摂取目標量は1日当たり4gとされております。いくら魚好きだといっても、青み魚だけからそれを賄うのは至難の技です。そこで、先生は、体内で10〜15%ほどEPAに変換されるとされるα-リノレン酸を含む亜麻仁油の活用を勧めております。
古川健司先生の免疫栄養ケトン食の臨床効果
2016年3月の時点で、3ヶ月以上、化学療法に免疫栄養ケトン食の併用を行うことができた患者さん18人のうち、完全寛解(CR)が5人、がんが30%以上消失した部分奏功(PR)が2人、がんの進行抑制(SD)が8人にも上り、増悪(PD)はわずか3人だったとのこと。完全寛解率は28%、完全寛解率も含めた奏効率(がんが消失、もしくは縮小した患者さんの割合)は39%、SDを加えた病勢コントロール率に至っては、実に83%にも上っています。しかも、実施者の多くは、ステージ4、つまり末期と呼ばれる方々なのです。
ここで、第17回のブログをもう一度繰り返します。
古川健司先生の著書「ケトン食ががんを消す」には、他にも大変興味深いことが書かれています。
胎児の血糖値は35mg/dlと言われていて、一般成人の血糖値70〜110mg/dlと比べるとかなり低いのです。これはエネルギー源をブドウ糖からしか得られない赤血球のための最低レベルだそうです。
一方、産婦人科の宗田先生の研究によれば胎児のケトン体値は1600μmol/Lを超えているとのことで、胎児はまさに「高ケトン体-低血糖」状態にあります。
胎児は絶え間ない細胞分裂を繰り返し、初めて世に送り出されます。その細胞分裂のスピードは癌細胞のそれに匹敵すると言われ、たとえ細胞のミスコピーがあっても高ケトン体と低血糖が癌化を抑制していると考えられるというのです。
先生の提唱される免疫栄養ケトン食(低糖質食、高タンパク食にMCTオイル、EPAを合わせ末期癌患者さんの化学療法の効果を高める栄養食)は、まさにこの発想から生まれたものなのです。
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